母との別れ

 

父を陰になり陽になり支えていたのが母親だった。

 母は2009年(平成21年)4月頃下血(胃がんで胃の粘膜が破裂して出血したらしい。)し、鹿児島県枕崎の病院に入院した。9月に亡くなるまで毎月見舞に帰った。9月7日午前9時頃目の前で息を引き取った。隣にいた兄が「ワー」と泣き出した。

 いろいろな想いがあり「馬鹿野郎。いい歳して泣くな。泣く位なら生きている間に孝行しろよ。」と思ったものだ。90歳と6ヶ月の生涯だった。

 そんな母の忘れられない言葉がある。父親が亡くなって5年程たった頃だろうか、私が何か小言を発したとき、「そんなに責めないで、私はお父さんが死んだ時、自分も死んだと思っているのだから」と。49歳で夫を亡くし、苦労だらけの人生だったのに夫婦ってそんなものかと、それ以上言葉を発することができなかった。20年位前、暑中見舞いに書いた。「灼熱の太陽のもと野良で働く母を想うと 暑さ忘れる」いつまでもその気持ちを忘れずにいたい。


前原東二
前原東二